解散翻意迫る森氏、首相は耳貸さず

空いたビールとウーロン茶の缶を手に、報道陣の質問に答える森前首相=6日午後7時40分、首相公邸で

 「殺されてもいい。おれは総理大臣だ」。小泉首相は6日、衆院解散の翻意を迫る森前首相にそう、決意を語った。郵政民営化法案の参院本会議採決が8日に迫る。自民党内では、参院議員の造反の動きが6日も止まらず、喫水線を超える勢いだ。執行部は焦りを深め、公明党民主党は選挙準備に突き進む。法案否決―衆院解散で未曽有の総選挙に発展するのか。ぎりぎりの攻防が続く。

 首相は、解散回避を頼み込む森前首相に言い放った。

 「可決させてくれ。好んで解散するわけではない」

 6日夜、首相公邸。森氏にすれば、最後の談判だった。夕食をともにしながら時間をかけて語り合おうと思って足を運んだ森氏に、だが首相は缶ビール10本を自分で抱えて迎えた。さかなは、「これしかないんだよ」というひからびたチーズとサーモンだった。

 「外交だって山積みだ。予算もある、経済もある」。森氏は約1時間半にわたって解散を思いとどまるよう説得した。だが首相は一切耳を貸さない。

 森氏 解散回避に努力している人たちを苦しめて、何の意味があるんだ。

 首相 おれの信念だ。殺されてもいいんだ。

 「変人以上だよ」。森氏があきれ果てて言うと、それでも首相は「そうだ。それでいい」と突き放した。

 森氏は4日、福田康夫官房長官らを首相官邸に差し向け、継続審議を打診させた。賛否両陣営を問わず党内に解散回避論が高まったのを受け、何とか首相を翻意させようとしたのだ。だが、自ら出向いてのこの日の説得の失敗で、党内では一気に「打つ手なし」の空気が広がりかねない。

 「おれに対して、こんな対応ですよ。まあ、さじ投げたな。私に何をしろって言うの。解散阻止なんかできないでしょ」。会談終了後、森氏は記者団に出されたチーズのかけらやビールの缶を見せながら、「かむんだけど、固くてかめないんだよ」。記者団に怒りをぶちまけた。

 首相はこの日、広島市で記者団に「8日の結果をみて総合的に政治判断していきたい」と発言した。一部で解散回避の可能性を示唆したと伝えられると、首相秘書官が「首相がきちんと説明したいと言っている。もう一度郵政の質問をしてほしい」と記者団に頼んで来た。結局、「総合的判断して、否決・廃案は私に対する不信任である」と、従来の言い回しへと訂正した。

 首相の戦闘姿勢は変わらない。最近、会食した相手には、自民党の非主流派が解散権行使を阻んだ「三木おろし」の例を挙げ、「今の反対派の動きは、政策論争じゃなく政局だ。三木さんは解散できなかったけど、私は必ず解散する」。

    ◇      ◇

 だが、反対派の説得の先頭に立つ自民党執行部も有効な手立ては見いだせない。衆参幹事長は6日、地元へ戻った。

 武部勤幹事長は北海道稚内市で「立党50年になるのに、解党元年、分裂元年になったらジョークにもならない」。片山虎之助参院幹事長も岡山県真庭市で「連日連夜、むしゃくしゃするようなことばかり、東京で起こって」。愚痴とも焦りともつかない言葉が続いた。

 採決を5日から8日に延ばして最後の追い込みに入ろうとした矢先、参院亀井派中曽根弘文会長はじめ反対を明言する議員が相次いだ。あわてて参院国対は5日、「週末中に何としてでも反対派から3票を賛成にひっくり返せ」と命令を出したが、最後の焦点とみた参院堀内派も固められない。

 6日には、同派の田浦直参院議員が記者会見して「継続審議もできなくなった」ことを理由に反対の意思を表明。河野グループ浅野勝人参院議員もテレビ番組で「首相に冷静になってもらって政治休戦を」と呼びかけつつ、「棄権」を宣言した。執行部が「動きはピークを過ぎた」とみた全国特定郵便局長会も幹部は「ここで緩める手はない」。反対派を引き締めるよう指示を出した。

 可決の見通しがさらに厳しくなるなか、各党の視線は「採決」から「選挙」へと移る。公明党は6日、党本部で開いた幹部会で11人の小選挙区候補者を内定。「1年でやる準備を20日間でやらないといけない」と同党幹部は漏らす。民主党岡田代表は6日、神戸市での演説で「自民党が手をこまぬいて待っているとはとても思えない」としつつも、「解散があればいつでも受けて立つ」と言い切った。

                                                                                                                                    • -

田中宇の国際ニュース解説 2005年8月10日 http://tanakanews.com/